なぜピアノ発表会が公開処刑になるのか

5年ぶりのステージ演奏を終えた生徒さんのご感想で、オンラインレッスンの受講を決めた理由のひとつに

オンラインレッスンなら発表会はないだろう、できないよね
5年ぶりの人前演奏、10年ぶりの暗譜

というのがあることを知って驚いたのですが(全文はこちら)

ピアノの発表会について

地獄の〇分間

とか

公開処刑

とか・・・

もう発表会には出ない、出たくない

みたいなつぶやきをSNSで見かけてさらに驚き、非常に心を痛めています。

発表会は1~2年に一度の晴れの舞台であるはず!なのに、これは一体どういうことなのか???由々しきことです。

  • 音楽は作品と演奏する人と聴く人がいてこそ

まず、大前提として、音楽は、

  • 作品
  • 演奏する人
  • 聴く人

この3つで成り立ちます。

音楽はよく料理に例えられますが・・・
料理は作る人と食べる人がいてこそ!でしょ。

せっかく料理したのに食べてもらえなかったら悲しいじゃないですか!作ったのに食べてもらえなかった料理にラップをして冷蔵庫に入れる時の気分・・・

同じように、演奏だって聴いてもらってなんぼのはずです、本来は。

実際、子供はちょこっと練習しては「聴いて!聴いて!」ですよね。

確かに人前で弾くのは大変なことですし、子供の頃に戻れませんが、それでもやはり本番は晴れの舞台として完全燃焼して達成感を味わいたいし、発表会というのはそういう場であるはずです。。。

この記事を書いた人
伊奈葉子 / Yoko Ina
音楽と自然と読書とお茶時間をこよなく愛するピアノ弾き ⇒プロフィール

聴く人がいる・聴いてもらうという大前提

料理するのは食べるため、同じように、

演奏するのは聴くため

というか、

作品の世界を演奏する人と聴く人で共有するのが音楽

です。

ピアノ学習者が人前で演奏する際に起きる問題のほとんどは、この大前提を忘れているために起きると言っても過言ではないでしょう。

♪ 何を弾くか
♪ どう弾くか
♪ どんな練習が必要か

すべては、聴いている人がいるところで弾くためですし、聴いてもらうためです。いやいや、自分ひとりのために弾くんだ・・・としても、自分が聴いています。自分を大切にしないで、どうして他人を大切にできるでしょうか・・・というのは音楽だって例外ではありません。

「弾けるようになったら人前で弾くことを考える」は無理

多くの初級者・中級者は、”弾けるようになったら、人前で弾くことを考える”と思っているようですが、これは絶対に無理で、最初から聴いてもらう前提で練習・勉強しましょう。

試してみて欲しいのですが・・・

自分の部屋で練習する時に、そこに聴いている人がいると思って弾くのと、ただ漫然と弾くのと、違うはずです。

人が聴いていると”思う”だけで緊張しませんか?その緊張状態で練習しないから、いざ人が聴いているところで弾くと無残に崩壊します。

演奏に限らず、人の存在というのは大きな影響があります。ましてステージの上は非日常の場です。

そこで演奏するという前提を忘れて、どんなに練習しても、それは練習のための練習です。本番には役に立ちません。

だから、大崩壊して、公開処刑の気分を味わうことになるのです。

”間違えずに弾く”は目標ではなくスタート

もうひとつ、ありがちな誤解に「間違えずに弾く」のが目標というのも見かけます。

声を大にして言いたいですが

「間違えずに弾く」のはスタートです!

はじめは間違えるのは当然だと思っている方が少なくないですが、だから万年初級・万年中級から抜け出せないのです。

ピアノの鍵盤に手を置いて音を出す前に楽譜をよく読んで理解して、最初は1小節ずつ、いや、1拍ずつでもいいです。片手でゆっくり・・・とにかく何をどう弾くのか仕上がりをイメージして慎重に弾き始めるのがスタートです。

それを、いきなり、弾き始めて、「あっ、違う、間違えた、あれ?あれ?・・・」とグチャグチャやるから弾けるようにならないし、そのグチャグチャが身についてしまい、仕上がらないまま本番がやってきて・・・(以下略)

あがりやすい人は確かにいる

高らかに理想を語ったところで、告白しますが・・・私は、かなりなアガリ症です。そもそも人前に出るのが嫌ですし、ステージにあがるだけで緊張して手が震えます。

どんなに練習しても(もちろんやるべきことは全部やります)、本番で目も当てられないほど大崩壊した数えきれない真っ黒歴史があります。そんな時には冗談でなく「消えたい・・・」と思いました。だから公開処刑や地獄の気分はよ~くわかります。どんなに練習しても指が震えて大崩壊するので、数年単位で文字通り”弾きこもっていた”(自分の部屋以外で弾かない)過去があります。

アガリ症というと根性論やメンタルトレーニング云々の話になりがちですが、私はそもそも性質として「あがりやすい人」というのがいると感じていて、なのでアガリ症というよりアガリ性と言った方がいいのではないかと思っています。

人前に出るのが平気な方や、ドレスを着てステージに立つことで気分が上がるという方が羨ましいです。

それでも、人前で演奏するのは、やはり、料理が作ると食べるがセットなように、弾くと聴くはセットなのが音楽だからです。

そもそもなぜ演奏するのか?

結局のところ、

音楽とは何か?
演奏とは何か?
なぜ私は演奏するのか?

というところを無視してただ何となく上手く弾こうとしても弾けません。

繰り返しますが、音楽は聴いてくださる方がいてこそ!です。作品の持つ世界を演奏者と聴衆が共有してこそ音楽です。

練習は、本番でその世界を実現するための準備です。そういう大前提で練習方法を考え(長い時間が必要でした)、経験を積むにつれ、指が震えても大崩壊することはなくなり(傷はもちろんあります)、目指すところが何かしら聴いてくださる方に伝わるようになってきました(と思っている・・・)。

上手く弾こうなんておこがましい話です。そもそも上手いってどういうことでしょうか???

そんな実態不明なところをぼんやり目指すのではなく、演奏する作品と聴いてくださる方々に自分ができる最善を尽くしましょう。

好きなピアノで”無駄に”悩むほど残念なことはありません。その悩みの大半は、解決します、ただし一朝一夕にというわけにはいきませんが・・・

それでも、自分は上達している!と確信できれば日々の練習ももっと喜びに満ちた楽しい時間になるし、本番の緊張を乗り超えるパワーやエネルギーも湧いてきます。

私は、あがり症でとても苦労しました。だから、公開処刑や地獄の気分はよくわかります。

でも、そこで思考停止して昨日と同じ練習を今日も明日も続けるのはわかりません。

今日の練習が明日の自分を作り、数か月先の本番の演奏を決めます。

本番が上手くいかなかったなら、練習や勉強のやり方を変えなければまた同じ失敗を繰り返す・・・ということは少しモノを考える人ならわかりますよね。。。

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