3月の音楽カレンダー(3)ミンクス、ロストロポーヴィッチ、バッハ、ハイドンetc

3/21~31ゆかりの音楽家を紹介しています。

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ピアニストを中心に音楽家の誕生日・記念日を紹介した音楽カレンダーです。素晴らしい作品を生み出してくれた作曲家・演奏家たちに感謝と敬愛を。。。音楽カレンダーはTwitterでもご紹介しています。1月|ミケランジェリ、ポリーニ、モ...

 

この記事を書いた人
伊奈葉子 / Yoko Ina
音楽と自然と読書とお茶時間をこよなく愛するピアノ弾き ⇒プロフィール

3/21はヴァイオリニスト アルトゥール・ グリュミオーの誕生日

3/21はヴァイオリ二スト アルトゥール・グリュミオー(Arthur Grumiaux)の誕生日。

1921年ベルギー生まれ。4歳でよりヴァイオリンを学び、11歳にしてシャルルロワ音楽学校のヴァイオリン科とピアノ科の両方で首席をとり、ブリュッセル王立音楽院へ進学。

その後パリに留学してジョルジュ・エネスコにも師事しました。

グリュミオーのヴィヴラートは、ヴァイオリン史上最も美しいとさえ言われますが、その演奏は、上品で気高く、孤高の魅力が際立ちます。

数々の名演を共にしたクララ・ハスキルとのベートーヴェン ヴァイオリンソナタ第5番「春」です。

 

3/22は指揮者ルドルフ・バウムガルトナーの命日

3月22日はルドルフ・バウムガルトナー(Rudolf Baumgartner)の命日。

スイス生まれの指揮者・ヴァイオリニスト バウムガルトナーは2002年3月22日イタリア・シェーナで生涯を閉じました。

チューリヒ音楽院とウィーンでヴォルフガング・シュナイダーハンに、パリでカール・フレッシュにヴァイオリンを師事したバウムガルトナーは、はじめソリストとして、またゲイヤー四重奏団などでキャリアを開始。

1968年から1980年まで音楽監督を務めたルツェルン音楽祭での演奏で、「G線上のアリア」ことJ.S.バッハ 管弦楽組曲第3番BWV 1068よりアリアです。

3/23はレオン・ミンクスの誕生日

3/23はレオン・ミンクス(Léon Fedorovich Minkus)の誕生日。

1826年現在のチェコ第2の都市ブルノに生まれ。

民族色豊かなバレエ作品として人気の『ドン・キホーテ』、『ラ・バヤデール』、『パキータ』の作曲者として知られますが、作曲だけでなくヴァイオリニストとしても活動したためか彼のバレエ音楽には随所にコンサートマスターのソロが登場します。

どの作品もクライマックスのシーンがコンマスのソロなんですよ。

『パキータ』もそうです。

3/24はエンリケ・グラナドスの命日

3/24はスペインの作曲家エンリケ・グラナドス(Pantaleón Enrique Joaquín)の命日。

音楽好きの家庭で早くから才能を表し、20歳までスペイン国内で音楽教育を受けたため、スペイン民族主義の影響を濃く受け、ピアニストとしてショパン、シューマン、グリーグの影響を受けたグラナドスは、ロマン派的でありながらスペインであり、スペインでありながらロマン派的な独特の音楽を生み育てました。

第一次世界大戦中の1916年3月24日、夫妻の乗った船は英仏海峡を渡航中にドイツ軍の攻撃を受けます。グラナドスは救命ボートに救い上げられようとするも、波間に沈もうとする妻を見つけ彼女の元へ・・・
48歳と8ヶ月でした。

亡くなる直前のリサイタルで演奏されたグラナドス『詩的なワルツ集』をスペイン出身のピアニスト、アリシア・デ・ラローチャの演奏で。。。

 

3/25はピアニスト ジャン=ジョエル・バルビエの誕生日

3月25日はジャン=ジョエル・バルビエ(Jean-Joel Barbier)の誕生日。

1920年フランス生まれ。フランス音楽に精通し、音楽辞典の執筆でも知られるバルビエですが、特筆すべきは何といってもエリック・サティの演奏でしょう。

サティは自身の音楽を『家具の音楽』と呼びました。

それは、酒場のピアニストだった彼にとってお客の歓談の邪魔にならない音楽という職業的スタンスから生まれているものと思われます。

にもかかわらず、そんなBGM的、イージーリスニング的扱いに「No!」と言い、「純粋に芸術、音楽」だというスタンスを貫いていたのがバルビエです。

サティ「3つのグノシェンヌ」より第1番、バルビエの演奏で。

・・・BGMより、子守歌かもしれません。。。

 

3/26はベートーヴェンの命日&バックハウスの誕生日

3/26はルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)の命日。

1770年ドイツ・ボン生まれ。当時、音楽家は宮廷や貴族に仕え、注文に応じて作品を描くのが常でした。

ベートーヴェンはボンからウィーンに出てきた時に、モーツァルトが使用人と同じ扱いだったことに大きなショックを受け、パトロンの注文に応じて作曲することを拒み、広く世の人々へ向けて作品を発表し続けました。

1827年56歳で生涯を閉じたベートーヴェンの葬儀には、約2万人が参列したと言われます。当時のウイーンの人口は約25万人ですから、12~3人に1人が参列したことになります。

階級社会の当時、リベラル思想で反体制的とメッテルニヒ政権から危険視されていたベートーヴェンには、宮廷貴族からは弔問客はもちろん花1本届くことはありませんでした。

・・・でこのベートーヴェンの命日である3/26に生まれたベートーヴェン弾きがいます。

鍵盤の獅子王と呼ばれたヴィルヘルム・バックハウス(Wilhelm Backhaus)はベートーヴェンの直系の弟子でもあります。

(系譜)
ベートーヴェン

チェルニー

リスト

オイゲン・ダルベール

バックハウス

バックハウスの演奏でピアノ協奏曲第5番『皇帝』を聴きましょう。

 

 

3/27はチェリスト・指揮者ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチの誕生日

相撲が好きで、お寿司が好きで、来日したら必ず築地へ通ったという親日家のムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ(Mstislav Leopol’dovich Rostropovich)は、1927年3月27日、旧ソ連アゼルバイジャンで生まれました。

チェリスト・指揮者としての活動が素晴らしいのは広く知られていますが、そのほかにピアニストとしても活躍し、歌手だった夫人と共演していたそうです。。

音楽家って一般的に言って浮世離れしていて社会や政治に疎い人が多い傾向にありますが、世界的レベルになると逆なんですよね。

ロストロポーヴィッチも、1970年に社会主義を批判した作家ニーツィンを擁護したことでソビエト当局から「反体制」とみなされ、演奏活動を停止させられてしまいます。

1974年に2年間のビザを取得して出国し、そのまま亡命、1977年にワシントン・ナショナル交響楽団音楽監督兼首席常任指揮者に就任しました。

その翌年、ソビエト当局により国籍剥奪され、国籍を回復したのは1990年 ワシントン・ナショナル交響楽団を率いて16年ぶりにソ連の地を踏んだゴルバチョフ体制の時です。

めがねかけた学者さんみたいな風貌、演奏はスケールの大きい「愛」を感じます。

やはり、このドボコンことドボルザークのチェロ協奏曲を聴きましょう。

 

3/28はピアニスト ルドルフ・ゼルキンの誕生日

3/28はピアニスト ルドルフ・ゼルキン(Rudolf Serkin)の誕生日。

1903年ボヘミア生まれ。教育のほとんどはウイーンで受けたのちにナチスによる迫害を逃れアメリカに渡り、カーチス音楽院で教鞭をとっていました。

ドイツ音楽、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスを得意としていたゼルキンのベートーヴェンの30番のソナタが素晴らしいです。

学者みたいな風貌に違わない誠実で正統派の演奏。

理性と知性のコントロールの効いたロマンティシズムがこの崇高な作品に一層の輝きを与えています。

 

3/29はシャルル・ヴァランタン・アルカンの命日

3/29はシャルル・ヴァランタン・アルカン(Charles Valentin Alkan)の命日。

ピアノ弾きの間では知る人ぞ知るアルカンは父親と彼を含む姉と兄弟4人すべてが音楽家という音楽一家。

アルカンも幼い時から神童で、あのフランツ・リストやショパンの同時代に生き、ジョルジュ・サンドのサロンにも出席していました。

才能豊かな芸術家の多くがそうであるように、アルカンも神経細やかで想像力豊かで社会になじめない面を持ち、何をしていたのか消息不明の時期があるようですが、1888年自宅で74歳の生涯を閉じました。

ピアノの技巧はリストも脱帽するレベルで、アルカンと言えば、極めて演奏困難な作品ばかりというイメージがあります。

とはいえ、そのような道なき道を切り拓く人たちがどこにでもいるわけで、そのひとり、ピアニート公爵こと森下唯さんの演奏で「「鉄道 Op.27b」」です。

https://youtu.be/m-U_CI2G9Ng

 

3/30はアントニオ・デ・カベソンの誕生日

3/30は現存する初期オルガン作品の作曲者アントニオ・デ・カベソン(Antonio de Cabezón)の誕生日。

1510年スペイン生まれ。幼児期に失明したものの、パレンシアでオルガニストとしての教育を受け、カルロス1世やフェリペ2世の主任オルガニストとして2度ヨーロッパを旅行し、同時代の主要な宮廷音楽家たちと親交を持ちました。

5人の子供はフェリペ2世治時代のスペイン宮廷で高い地位に就き活躍しています。

『Quatro favordones』と題される作品、時代の空気を感じます。

3/31はJ.S.バッハとハイドンの誕生日

3/31は音楽の父J.S.バッハと交響曲の父ヨゼフ・ハイドンの誕生日です。

3/31生まれの音楽家1/2 J.S.バッハ

3/31は大バッハ先生こと、ヨハン・セバスチャン・バッハ(Johann Sebastian Bach)の誕生日。

1685年ドイツ・アイゼンナハ生まれ。教会音楽家として5年間、毎週の礼拝のためにカンタータを書き続けるという驚異的偉業を成し遂げました。

書き上げられた250曲のうち現存するのは200曲だそうです。

それらカンタータをはじめ宗教曲の清書自筆譜の冒頭に

「JJ」
Jesu juva!=イエスよ、助けたまえ

最後には
「SDG」
Soli Deo Gloria!=ただ神のみに栄光を

と書き込むことを常としていたそうです。

キリスト教抜きには語れないクラシック音楽、
信仰抜きには語れないバッハの音楽、

ということで、カンタータ147番より「主よ、人の望みの喜びよ」

誰でも一度は耳にしたことのある曲です。

トン・コープマン指揮でどうぞ。。。

 

3/31生まれの音楽家2/2は ヨゼフ・ハイドン

3/31は「The 古典派!」交響曲の父と呼ばれたミヒャエル・ヨーゼフ・ハイドン(Johann Michael Haydn)の誕生日。

1732年オーストリア出身、少年時代にはウィーンのシュテファン大聖堂聖歌隊でボーイソプラノとして歌い変声期によって引退してから作曲の勉強に励み、エステルパージ候に30年近く仕えます。

ハイドンは多作家で、生涯に約1000曲ほど描いたと言われます。未完だったり、草稿のみのものを除いても700曲は現存します。

交響曲だけで100あまり、ピアノソナタも60以上ですからすごいです。

ハイドンは、一見地味です。

モーツァルトのようなスーパー神童ではなく、ベートーヴェンのような苦悩の人でもない。。。

でも、じっくり聴くとしみじみ味わい深いです。

当たり前の日常こそ幸せ・・・を実感させてくれます。

ユーモアあふれるチェロ協奏曲第1番をどうぞ。。。

 

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