クラシックの音楽家たちを紹介する音楽カレンダーです。
一年に一度しか思い出さない音楽家もいるかもしれませんが、誰かが誰かにつながっていて、クラシックの名曲が生まれました。
1/11~20ゆかりの音楽家をどうぞ。。。

1/11はヴァイオリニスト ワンダ・ウィウコミルスカの誕生日
1/11はヴァイオリニスト ワンダ・ウィウコミルスカ(Wanda Wiłkomirska)の誕生日
1929年ワルシャワ生まれ。ポーランド・ウッチ音楽アカデミー、リスト・フェレンツ音楽大学で学ぶ。1952年ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクール第2位。
ポーランドの音楽を世界に広めたことに対する貢献が評価されポーランド国家勲章授与。
美しいメンデルスゾーンヴァイオリン協奏曲です。
1/12はピアニスト ヴィクトリア・ポストニコワの誕生日
1/12はピアニスト ヴィクトリア・ポストニコワ(Viktoria Postnikova)の誕生日。
1944年モスクワ生まれ、モスクワ音楽院卒業。ショパン国際コンクール、リーズ国際ピアノコンクール、チャイコフスキー国際コンクールで入賞。
プロコフィエフのピアノ協奏曲全曲録音を果たした唯一の女性ピアニストであることからわかるように、強烈なタッチとパワーが際立つピアニストです。
プロコフィエフ2番の協奏曲をどうぞ。
1/13はチェリスト ダニイル・シャフランの誕生日
1/13はチェリスト ダニイル・シャフラン(Daniil Shafran)の誕生日。
1923年現サンクトペテルブルク生まれ。レニングラードフィル首席チェリストだった父親より教えを受け、14歳でロココ変奏曲を演奏。
4歳年下のロストロポーヴィッチと約10年間コンクールなどで競いあっています。
カバレフスキーチェロ協奏曲第2番を献呈され、カバレフスキーの指揮で初演されました。
1/14は指揮者 マリス・ヤンソンスの誕生日
1/14は指揮者マリス・ヤンソンス(Mariss Ivars Georgs Jansons)の誕生日。
1943年ラトヴィア生まれ。レニングラード音楽院でピアノ・ヴァイオリン・指揮を学んだ後、ウィーン国立音楽アカデミーに留学しスワロフスキーやエスターライヒャーに師事。
1971年カラヤン国際指揮者コンクール2位入賞、同年レニングラード・フィルを指揮してデビューを果たす。1973年からレニングラード・フィルの副指揮者を務め、ムラヴィンスキーの助手を務め、その後、オスロフィル、ロンドンフィル、ピッツバーグ交響楽団を経てバイエルン放送交響楽団とロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の指揮者を兼任。
2006年、2012年、2016年ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート登壇。
ロイヤル・コンセルトヘボーとのR.シュトラウス交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」をどうぞ。。。
1/15はピアニスト パスカル・ネミロフスキの誕生日
1/15はピアニスト パスカル・ネミロフスキ(Pascal Nemirovski)の誕生日。
1962年生まれ。ロシア人の血を弾くフランスのピアニスト。
1981年ジュリアード音楽院入学。ヨゼフ・ホフマンの弟子ナディア・レイゼンベルグやヨゼフ・レヴィーンの弟子アデーレ・マーカスに師事。
1984年パリに移りアレクシス・ワイセンベルクに師事。
1995年ルーブル美術館オーディトリアムでのリサイタルを最後に公開演奏会から引退しピアノ音楽研究と教育活動に専念。2006年ロンドン英国王立音楽院ピアノ教授。
スクリャービンエチュードOp.8-12です。
1/16は指揮者アルトゥール・トスカニーニの命日
1/16はイタリア出身の指揮者アルトゥール・トスカニーニ(Arturo Toscanini)の命日。
1957年89歳で生涯を閉じました。
パルマ王立音楽学校でピアノとチェロを学び、最優秀で卒業した後、首席チェロ奏者・副合唱指揮者として巡業歌劇団と契約する好スタートから、スカラ座やメトロポリタン等の音楽監督を歴任し、20世紀前半を代表する指揮者となりました。
速く正確なテンポ、徹底した楽譜至上主義ともいわれるそのスタイルは、カラヤンなどの指揮者に大きな影響を与えたと言われます。
ファイナルコンサートよりタンホイザー他をどうぞ。
1/17はフランソワ=ジョゼフ・ゴセックの誕生日
1/17はフランスで活躍した作曲家フランソワ=ジョゼフ・ゴセック(François-Joseph Gossec)の誕生日。
1734年ベルギー生まれ。10代後半に音楽の勉強のためパリへ行き、ラモーに見いだされて本格的に勉強を開始。オペラや30曲近く交響曲を描き、パリ音楽院創立の際、作曲の分野における教授として招かれました。
現在知られているのは、誰でも耳にしたことのあるヴァイオリンのためのガヴォット。エルマンの活き活きした演奏でどうぞ。
1/18はチェリスト 藤原真理さんの誕生日
1/18はチェリスト藤原真理さんの誕生日。
大阪生まれ。10歳で桐朋の子供のための音楽教室に入室し15年間斎藤秀雄に師事しました。
22歳の時日本音楽コンクールで優勝した後、ピエール・フルニエ、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチに師事し、29歳でチャイコフスキー国際コンクール第2位になりました。
毎年お誕生日に、チェロリサイタル“誕生日にはバッハを”無伴奏チェロ組曲 全曲演奏会を行っていて、チケットは1時間ほどで完売!!
全6曲を順にどうぞ。。。
1/19はピアニスト マグダ・タリアフェロとアーヴィン・ニレジハージの誕生日
1/19はマグダ・タリアフェロとアーヴィン・ニレジハージの誕生日です。
1/19生まれのピアニスト1/2 マグダ・タリアフェロ
1/19はピアニスト マグダ・タリアフェロ(Magdalena Maria Yvonne Tagliaferro)の誕生日。
1893年ブラジル・リオデジャネイロ生まれ。コルトーに学び、その音楽理念の実現に探求を続け最晩年の90代まで見事な演奏を披露して高い評価を得ていました。
「ピアニストへの基礎」ピアノの詩人になるために』という本はタリアフェロに師事した田村安佐子氏が女史のメソッドを紹介したもの。
1975年の演奏でショパン ピアノ協奏曲第2番・・・83歳というのですから、驚きです。
1/19生まれのピアニスト2/2 アーヴィン・ニレジハージ
1/19はピアニスト アーヴィン(エルヴィン)・ニレジハージ(Ervin Nyiregyházi)の誕生日。
1903年ハンガリー・ブタペスト生まれ。2歳で作曲を始めモーツァルトと比べられるほどの神童と騒がれる一方、両親が甘やかしたためネクタイや靴紐を結ぶことができず、ステーキをナイフとフォークで切ることもできませんでした。
7歳でリスト音楽アカデミーに入学。11歳で家族とともにベルリンに移住しエルンスト・フォン・ドホナーニに師事。翌年ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共演しドイツにデビュー。17歳でカーネギー・ホールでデビュー。
その後、商業主義のコンサートビジネスを嫌悪し楽壇から遠ざかり、20代後半から隠遁生活、貧窮のあまりピアノを手離しスラム街で生活。完全に忘れ去られました。
70歳を前に9番目の妻の治療費のために演奏活動を再開、テクニックの衰えは否めないものの独特のスタイルにファンが増え始め1978年にレコーディング、しかしその後再び行方知らずになるも、日本の熱烈なファンが居所を突き止め1980年と1982年に来日。1987年84歳の生涯を閉じました。
数少ない若い頃の演奏(ピアノロール)でチャイコフスキー=グレインジャー「花のワルツ」をどうぞ。
1/20はピアニスト ヨゼフ・ホフマンの誕生日
1/20はポーランド出身のユダヤ系アメリカ人ピアニスト ヨゼフ・ホフマン(Josef Casimir Hofmann)の誕生日。
1876年ポーランド・クラクフ生まれ。10歳にして演奏旅行を行い、アントン・ルビンシュタインの個人指導を受けることのできた唯一の人とされます。
後半生をカーティス音楽学校で教鞭を執り、1938年まで同校校長を務め学生の育成に尽力しました。
国際的に活躍した弟子として知られるのは、シューラ・チェルカスキーとゲイリー・グラフマンです。
伝説の1938年リサイタルをどうぞ。
