台風と秋の長すぎる長雨が去り、ようやく秋らしい爽やかな陽気となった10月7日金曜日、ウクライナ出身のヴァディム・ホロデンコ ピアノリサイタルを聴きました。
会場は豊洲文化センター豊洲シビックセンターホール。
築地市場移転で話題の豊洲にあります。
ちょっと早めに来てあちこち歩きました。海からの風が気持ちいいですね。
豊洲シビックセンターホールは時空を超えられる?!
もちろん豊洲シビックセンターホールもはじめてでした。
こことても素敵です!
ステージの後ろがガラス張りで、向こうに夜景が広がります。
東京ベイブリッジやゆりかもめ、船や飛行機や車のライトがきらめく中で、19世紀ポーランドに生まれたショパンがパリで描いた作品を、20世紀にウクライナで生まれたピアニストが21世紀の東京で演奏する・・・
文字通り、時空を超えた対話に不思議な感動を味わいました。
人生は生き続けるに値する~ヴァディム・ホロデンコ
幻想的な空間でヴァディム・ホロデンコが演奏したのはショパン、リスト、スクリャービンでした。
実は、今日のリサイタルを聴くのが少々怖かったのです。。。
音楽ファンならご存知と思いますが・・・
彼を襲った3月の悲劇を想う時に覚える言いようのない戸惑い。。。
これが知り合いなら何と言葉をかけ、どう接したらよいのかわからない、というあの感じです。
しかし、彼自身のことばを読んで反省しました。
私が動揺してどうする・・・
3月17日以降、私は即座にピアノを弾き続けることと、全てのコンサートを維持することを決断しました。これはたやすい決断ではありませんでした。
しかし、もし私の娘たちが私の一部であるのなら、音楽もまた、もう一つの部分であるのです。その両方を消し去るということは、人間存在としての私の全てを消去することになるでしょう。
・・・<中略>音楽は私を助けてくれ、また癒してくれます。
私は最近これまで聴いたことのなかったベートーヴェンの弦楽四重奏に出会い、そこから、人生は生き続けるに値し、人はその人生が彼らに何を与えようとも、全てに打ち勝たねばならないということを説得されたのです。
月刊誌ショパン10月号インタビュー ヴァディム・ホロデンコ<人生は行き続けるに値する>より引用
さらに、彼のこの言葉が後押ししてくれました。
聴衆の方々へはこれまでと変わらず、「コンサートの間は音楽に集中していただき、音楽的なことや、音楽的論理を私と共にたどって欲しい。」と願っています。
彼自身が何より音楽とともにあることを望んでいるのですから、私は心穏やかに彼の演奏に集中するべき、と覚悟を決めました。
ホロデンコのショパンに「演奏は感情を表現するものではない」と思った
ホロデンコにはリストが似合うイメージがあったので、前半がショパンだけで構成されることにとても興味を覚えました。
昨年亡くなったモスクワ音楽院時代の恩師、ヴェラ・ゴルノスタエヴァ先生へのささやかなオマージュとの事。
ステージにあらわれた彼は、少し大きくなったようような。栗色にカラーリングしてきれいに整えた髪、パリッとした上質のタキシード、巨匠の貫禄さえ感じるその姿には、かつての寝癖のついたぼさぼさ頭と分厚いめがねとかなりな猫背だった面影はありませんでした。
成長したね~。。。
お辞儀も上手になり、というか、「頭を下げたら3つ数えなさい」と言われたかのような儀式を済ませてピアノに座るとさっと弾き始めました。
1曲目、ベルスーズ(子守歌)
目の前に穏やかな湖の澄んだ優しい空気が広がるような前奏、静かに鳥がささやくようにメロディーが響きます。崇高ささえ感じる静謐な世界に心が震えました。あまりの静寂に時々ふと我にかえる、そして何だか悲しい。
ノクターン5番、一体どこから聴こえてくるのでしょう。もともとそうだった彼ならではの天から降ってくるような響き、さらに遠く、高いところで響いていました。
6番、くぐもった響きに雲の彼方を想います。向こうに聴こえる悲しみ。。。
13番、14番、抑制された表現がなお悲しい。。。
リアリティが感じられないほどの美しさに、彼のこの半年の苦悩や乗り越えてきたものが透けて、胸が痛いほどに染みます。。。
スケルツォはあらゆる意味で彼自身、第1番冒頭の和音はまさしくあの日の彼自身が受けた衝撃そのものを追体験しているようでした。激しいフレーズは彼の悲しみ、絶望、そして混乱そのもの。
でも、彼は感情を込めた弾いたわけでも、自分自身を表現したわけでもありませんでした。彼は自分を律し、ただただ音楽への献身に徹底していました。だからこそ、そこに表れた彼自身に深く胸を打たれたのです。
4番では彼が愛した娘たちの笑顔や気まぐれ、幸せだった日々が万華鏡のように繰り広げられました。こういう演奏をする内面というのは一体どうなっているのでしょう。。。
狂気と紙一重。。。
しかし、繰り返しますが彼は感情を込めてはいません。ただ音楽を、あるがままに奏でていました。その姿に一層胸が痛みます。その痛みはまるで傷口を治療する時のような痛み。痛いけれど通らなければならない、その向こうに光の見える痛み。。。
誰しも生きていれば、苦しみや胸の痛みを覚えることもあるし、トラウマのひとつやふたつあるでしょう。
そういうものを抱えたまま人は生きていくのだ、人生はそういうものだと彼は身を持って教えてくれました。
芸術家として生きていく者は、こんな代償を払わなければ叶わないのでしょうか。。。
ファツィオリとホロデンコのマリアージュ~リスト
休憩をはさんでリスト 超絶技巧練習曲より「回想」「幻影」「鬼火」。
彼が3年前に来日した時のファツィオリでの超絶技巧練習曲全曲リサイタルもそうだったけれど、ファツィオリの明るい響きは彼の温かく素朴なタッチに合っています。
「回想」はまさしく彼の心の中にあるいつまでも色あせることのない幸せな日々。
芸術は感情の昇華です。彼の個人的な感情を超えたところに広がる世界に接し、その美しさゆえに胸を打たれます。
演奏は自分の感情を表現するものではない、
音楽そのものを表現する行為。
だからこそ、昇華されたその人自身が現れる・・・
涙腺を激しく刺激されました。
「幻影」ではこの世は所詮かりそめの世界なのだという「アイロニー」とそう思わないと生きていられない彼の心中を想い、ふと浮世を離れるような不思議な感覚を味わいました。。。
そして、得意の「鬼火」。質量を感じさせない天上の世界。
いや~、もう参りました!
異空間を飛翔するスクリャービン
ホロデンコのテクニックは本当に凄いです。
何が凄いってどんなに難しくても、テクニックを感じさせないこと。
ただただ音楽があるだけ。
難しいとか、
よく指が廻るとか、
そんなことは一切感じさせません。
だから本当に凄い!
ということで、スクリャービン ソナタ4番、5番がすごかったです。
まさに宇宙人レベル。
あれは人間技ではないです。
かつての顔芸やふつーはしない(できない)ような身体の動きも健在で、彼の本領全開の演奏でした。
4番1楽章の星がきらめく異次元に魂が浮遊しているような幻想的な世界。そのまま宇宙空間を飛び回るようなめくるめく世界。
そして、間髪入れず5番。何が凄いってとてつもない迫力なのだけれど重さを感じさせない。空気が震え、細胞が震え、心が震え、魂が震えます・・・
この日の聴衆は非常にハイレベルで最近よくあるフライング拍手もフライングブラボーも心配しなくちゃいけない雰囲気さえなく、最後の余韻を消えるまで堪能しました。
最高の演奏会でした。
温かく、素朴で、まさに音楽、ただただ音楽。
演奏しているホロデンコも聴衆もすべてが音楽の中に巻き込まれていくようなそんなリサイタルでした。
音楽ってこういうもの。。。
音楽ばんざい!!
です。
アンコールはラフマニノフのプレリュードとエチュードより1曲ずつ。
スイーツは別腹、アンコールは別耳。
もっと聴きたかったな・・・は贅沢。。。
演奏はもちろん、生きるとはどういうことなのかを教えてもらった一夜でした。
天才はその芸だけでなく、人としてずば抜けているから芸も素晴らしいのだと納得したかも。
なんか、見える世界が違うような気がします。
Thanks a lot!
プログラム|ヴァディム・ホロデンコ ピアノリサイタル
☆ヴァディム・ホロデンコ ピアノリサイタル プログラム☆
ショパン
ベルスーズ(子守歌)Des dur Op.57
ノクターンop.15-2,3, op.48-1,2
スケルツォ 第1番 b moll Op.20、第4番 E dur Op.54
リスト
超絶技巧練習曲より 第9番「回想」、第6番「幻影」、第5番「鬼火」
スクリャービン
ピアノソナタ第4番 Fis dur op.30
ピアノソナタ第5番 op.53
☆アンコール☆
ラフマニノフ
13の前奏曲 第1番 b moll Op.32-1
練習曲集「音の絵」より 第3番 c moll Op.33-3
☆ピアノ:Fazioli(ファツィオリ)
2016年10月7日(金)19時開演(18:30開場)
豊洲文化センター豊洲シビックセンターホール
番外編|ヴァディム・ホロデンコとの長~いつきあい
ホロデンコを初めて聴いて以来かれこれ10年になります。
忘れもしない2007年エリザベート王妃音楽コンクールピアノ部門一次予選の配信。
PCに貼りつき姿の見えない音源のみの演奏をずっと聴き続け、いい加減に飽きてきたところに、突然の天から降ってくるような響きに目が覚めました。
わ~!!凄いぞ、こいつ!!
天使が飛翔するようなバッハの平均律、
きらびやかなリスト「鬼火」
鮮やかなショパンのエチュードOp.10-4
これは優勝候補なんじゃないか、凄いぞ~・・・と思っていたら最後に極めて健全なスクリャービンの幻想曲。う~んこれはきっと10代の少年だろうと想像した彼は20歳になる年でした。
2次予選のストリーミング配信で姿を見ると、大きな眼鏡をかけて、まるでハリーポッターみたいだった。
友人とハリポタ少年と呼んだよ。。。
その時には、ファイナルに残ることはできなくてとても悲しかった。
その後もYoutubeで彼の演奏を見つけては素晴らしい演奏を楽しんでいました。
そして、2010年、仙台国際音楽コンクールピアノ部門で優勝。
翌2011年6月、震災後の原発事故の影響で、多くの演奏家が来日を中止する中、25歳の彼は浜離宮ホールで素晴らしい演奏を聴かせてくれました。
ホロデンコは、1986年9月ウクライナ・キエフ生まれ。その年の4月にはチェルノブイリ原発事故があり、彼のママは周囲から中絶を勧められたそうです。。。
本当によく来日してくれました。。。
彼が世界的に有名になったのは、2013年アメリカのヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールでの優勝です。この時のストラヴィンスキー『ペトルーシュカ』は歴史的名演と言ってもいいのではないでしょうか。
モスクワ音楽院で学び、卒業後も演奏活動のかたわら師であるヴェラ・ゴルノスタエヴァのアシスタントをしていた彼ですが、ウクライナとロシアの関係が悪化した頃に妻と2人の娘と共にアメリカテキサス州フォートワースに移りました。
若いピアニストとしてはとても恵まれた境遇に見えましたが、3月に悲劇が彼を襲います・・・
サインしてもらう時に何て言おうか迷ったんだな~。
fatastic, excellent, sensitive・・・
どんな形容詞も陳腐な気がして、こう言った。
Thank you very much. I’m looking forward to your music・・・always.
サインを書き終えた彼は顔を上げて、
Thank you very much.
目を見てそう言ってくれた時、音楽に言葉は要らない、感動を伝えるのに言葉は要らないと思った。。。