ペーター・レーゼルのフェアウェル公演のニュースが流れたのはコロナのコの字もなかった2019年でした。2020年秋の来日が最後になるとのインフォメーションに絶句・・・
アルトゥール・ルービンシュタインが我がグランパなら、レーゼルは叔父の一人。早すぎるのではないか、まだまだ全然大丈夫じゃないか・・・
コロナ禍で延期になり内心ほっとして、このまま時が止まって欲しいとさえ思いました。
しかし、時間は流れ、その日は確実にやってくることが現実となるも、受け入れられず逡巡しているうちに紀尾井ホールでのリサイタルは完売・・・
最後を聴かなければ、最後にはならないのではないか・・・などというわけわからない言い訳で自分をごまかしていたけれど、昨日レーゼルの読響とのコンチェルトのつぶやきがTwitterに流れてきてやっぱり聴くべきだと出掛けました。
なるほどブザンソン優勝者!沖澤のどかさん
私はレーゼルを聴く気満々で出掛けたのですが、読売日本交響楽団第241回日曜マチネーシリーズ ということでオケの演奏会なんですよね。ヴァイオリンやチェロを抱えた人が散見されてピアノリサイタルとは聴衆の違いを感じ、新鮮でした。
オープニングはシベリウスのフィンランディア。
指揮の沖澤のどかさんは2019年ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝して話題になったのでお名前だけは存知あげているけれど聴くのははじめて。
もう冒頭で指揮棒を振り降ろした瞬間に、なるほどこれは優勝者だわ!と納得。
平均的日本人女性のサイズ(小柄)なのに、物凄い存在感!音楽のスケールは大きく、作品を緻密に読み込んでの構成は物凄い説得力があって・・・とにかく素晴らしい!
指揮姿には巨匠のオーラさえ感じます。
女性の指揮者はまだまだ少なく、色々ご苦労もおありなのではないかと思いますが、大いに期待しています。
鍵盤のミニマリストと呼びたいレーゼル
さて、お目当のレーゼルが登場。御年76歳、以前と全く変わらない飄々としたお姿にまだまだ来日できるじゃないか、なぜ最後なのかと恨めしささえ感じます。
第1楽章は冒頭しばらくオケだけですが、さっきと響きが違うんですよね。もちろんフィンランディアも素晴らしかったのですが、こちらは”very good”というより”excellent”な感じ。より洗練されて、なんだなんだ君たちここまで出来るのかい!と驚きました。
ホントにしばしば思うのだけれど、素晴らしいソリストはオケを簡単に1.5倍くらい引き上げます。
・・・と思っているうちにソロがシレっと入ってきました。そう、いつの間にか部屋に入ってきて、「いるのかい!」という雰囲気。存在を消すかのような空気感に逆に惹きつけられます。頑張るところは微塵もありません。ショパンコンクール三昧の耳にはいつもにも増して新鮮です。
レーゼルの弾き方はとにかく無駄な動きがありません。身体が動かないのはもちろん、指も鍵盤に触れた状態から可動域である約1cm下へ動けば充分という感じでここまで動かないのは見事としか言いようがありません。見ているうちに
鍵盤のミニマリスト
という言葉が浮かびました。
指(身体)の動きが必要十分最小限なら、音楽自体も音が本来持っているエネルギーや方向に従うだけで、自分で無理矢理引っ張ったり、想いを入れたりということは一切しません。本当に何もしない。シンプルイズベストというけれど、これ以上にそぎ落とすものは何もないという究極のところまで削ぎ落とされています。
それでいて、ストイックやシビアを感じるわけではなく、むしろユーモアにあふれていて明るい・・・
人生において大切なことも教えてもらったような気がしています。
そして、なぜ、協奏曲は沢山あるのになぜ、あえてベートーヴェンの1番なのか、わかったようきがしました。つまり、
終わりは始まり
なんだなと。。。
そう思ったらその門出を祝してあげようという気になりました。
アンコールは
人生は続くよ、どこまでも
そして天国まで~♪
と言う雰囲気のベートーヴェンピアノソナタ第10番2楽章でした。
いや〜、もうホントにレーゼルを聴くことが出来てよかったです。
沖澤のどかさんに惚れました
そして後半はシベ2ことシベリウス交響曲第2番。
これ、昔々アマオケで2ndヴァイオリンを弾いた事があって、もう大変で大変で辛かった思い出しかなくてそれ以来聴く気がしなかったのですが、月日は流れてようやく懐かしい思い出として振り返る事ができるようになりました。
オケの曲はピアノほど語れませんが・・・
沖澤のどかさんは、とても論理的・客観的に音楽を組み立てて圧倒的な説得力ゆえにスケール大きく、ファンタジーを駆り立ててくれて、そして瑞々しい感性がほとばしり、新鮮な空気が溢れていて・・・控えめに言って惚れ惚れしました。
日本人指揮者でこんなに惹かれたのははじめてです。
アンコールはなくあっさり終わりましたが、大満足でした。
・・・私事ながら、前日、前々日に色々あってもやもやと微妙な気分だったんですけれど、吹っ飛んで復活して100倍元気になりました。
むしろ、レーゼルと沖澤のどかさんを聴くために色んなことが私に降りかかったのではないかとさえ思えるくらいです。
もしも、幸せいっぱいだったらレーゼル聴きに出掛けなかったかもしれません。。。
そして・・・
私にとって音楽は何なのか?ということをあらためて考えました。
音楽とは何か?の問いにはその人それぞれの答えがあり、当然相容れない考えがあります。色んな人が集まれば当然色んなことも起きます。
でも、私は私。ピアノはひとりで弾けるのですから、自分の信じるところに従って自分の目指すところを目指し、実現できるように努めるだけです。
レーゼルと沖澤のどかさんは、そのお手本を示してくれたようでした。
レーゼルのフェアウェルと沖澤のどかさんの読響デビューという粋な共演はホントに素晴らしいものでした。
レーゼル、ありがとう!
これからも幸多からんことを!
データ|第241回日曜マチネーシリーズ
第241回日曜マチネーシリーズ
指揮=沖澤のどか
ピアノ=ペーター・レーゼル
シベリウス:交響詩「フィンランディア」作品26
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15
シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 作品43
2021 10.10〈日〉 14:00 東京芸術劇場