言葉のない日記|エヴァ・ポブウォッカ ショパンマズルカ特別レクチャー

穏やかな陽射しの中、沈丁花ほころぶ日曜日、エヴァ・ポブウォッカ女史のショパンマズルカ特別レクチャーを聴講しました。

エヴァ・ポブウォッカ女史は第10回ショパン国際ピアノコンクールで第5位入賞。同時にマズルカ賞も受賞。第10回といえば、ダン・タイ・ソンがアジア人として初めて優勝した回で、彼の演奏を繰り返し聴き、もちろん来日公演も聴きに行き、かなり熱を上げた私としてはとても思い出深いものがあります。

そして、女史は2025年開催の第19回ショパンコンクール審査員の一人でもあります。

この日の構成は

  • ショパンとマズルカについて
  • ショパンマズルカOp.6、24、59の解説
  • ショパンマズルカOp.6、24、59演奏

でした。

以下備忘録です。

♪この記事を書いた人
Yoko Ina

音楽&ピアノ、自然、読書とお茶時間をこよなく愛しています

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ショパンについて

まず、ショパンについて、そしてショパンのマズルカについて。

ピアノの詩人と呼ばれる所以

ショパンの時代の演奏会は、サロンや小さなホールで開催され、音楽家だけでなくあらゆる芸術家や政界人が集まり出会う場でした。

サロンでショパンと出会ったハイネはショパンの事をこう評しました。

ショパンは素晴らしいピアニストであるだけでなく、完全なる詩人である。

彼の魂は音楽に捧げられている。

彼の本当の故郷は”国”ではなく、源泉は”詩”であり、音楽は音の抒情詩である。
ショパンが母国にいれば、きっと歌曲をもっと沢山描いただろう。しかし、彼は言葉を使わず同胞的詩人となった。音によって詩を語ることで翻訳する必要がなくなった。

ショパンが”ピアノの詩人”と呼ばれる所以です。

ショパンの演奏を聴いた人々の感想

また聴衆はショパンの演奏をこう評しました。

これほど無数の色合いを鍵盤から引き出す者が他にいるだろうか。
その陰影は素晴らしく、たった今生み出されたかのようであり、他のピアニストが過度の装飾を誇示するのに対し、ショパンの演奏はつばめの飛行のように極めて自然だった。

リストやタールベルクのような印象に残る”強さ”はなく、ショパンの演奏は彼の心や精神から出たものであり、最も難しいパッセージでさえも彼の心や精神と完全に一致していた。

ショパンの演奏の謙虚さというものは、自分は後ろにいて、聴く人には”私の演奏”ではない、”音楽”というものを感じさせるものだった。

とても繊細で、明るいフレーズもメランコリックであり、強さであってもデリケートであり感受性豊かで、彼は全くに静かに演奏した。虚勢を張らず、まるで枝葉がそよぎ花咲く樹木のようでもあった。

この話を聞きながら、ショパン自身の演奏は、ショパンコンクールでは絶対に聴けない種類のものだぞ・・・と思いました。。。

ショパンのマズルカのインスピレーションの源泉

ショパンのマズルカは1825-1849年、すなわち全人生にわたって描き続けました。そのインスピレーションの源泉は3つあります。

  1. マズルカはショパンが初めて描いたものではない、たとえばマリア・シマノフスカなど先人達のマズルカがある。
  2. 当時のポピュラーソング、社交ダンスとしてのマズルカ
  3. 民族音楽・フォークロアとしてのマズルカ:幼少期に農村や結婚式などで見聞きしたマズルカにショパンは魅了された。

ショパンにとってマズルカは、

言葉のない日記のような存在

と女史は語りました。

マズルカについて

マズルカには3つの踊りがあると知られていますが、女史は以下のように語りました。

  • マズル(Mazur):勢いのある自由な踊り。不規則なリズム、アクセントが特徴。
  • クヤヴィヤック(Kujawiak):ゆったりしたテンポとやや弱いアクセントが特徴。
    長調と短調があるが、短調はユダヤ人の楽団が演奏していた。
  • オベレク(Oberek):強くて規則的なアクセント、旋回的だが突然動きを止めるのが特徴

3つの共通点として、

  • 3拍子であること―アウフタクトがあるものとないものがある
  • 1拍目が細分化されることがある
  • 4小節、8小節のフレーズ

くわえて、ショパンのマズルカの特徴としては、

  • この3つの代表的な踊りに加えてワルツやポロネーズも顔を出す
  • 踊りの要素だけでなく、例えばバグパイプのような民俗楽団の要素も登場する

があります。

ショパンのマズルカとは、勢いがあり、響きや揺らぎなどで感情を豊かに表現しており、リズムの表現にも、涙や悲しみ、死への恐怖、悩みなど人々のあらゆる感情が込められた音楽である

と語りました。

”勢い”という言葉が何度も登場するのが印象的で、要するに停滞してはいけないのだということですね。

ショパンのマズルカの変遷

ショパンのマズルカは、年代による変遷が見られます。

初期の特徴

  • 歌よりも踊りの要素が多い。
  • ひとつの作品が、ひとつの踊りで描かれている。
  • 転調が比較的シンプル。
  • コーダが短い

中期の特徴

  • 歌、踊り、楽団的要素が混在。
  • 転調がより複雑。
  • コーダが長く重要

後期の特徴

1曲ずつが抒情詩であり、よりドラマティック。

ショパンコンクールでマズルカを弾く

第10回ショパンコンクール審査員として、ショパンコンクールでマズルカをどう聴くか、語られました。

基本的なテクニックはもちろんだが、音をどれくらいコントロールできているかを聴く

多声部(ポリフォニー)をどれくらいコントロールでき、解釈や個性をどう表現しているか。

そして

ノスタルジックとメランコリックとセンチメンタルを混同してはいけない。

ノスタルジックとは、今は存在しない過去への憧れ、センチメンタルは甘い融けたものだが、いずれにしろ、ショパンの音楽では品の良い表現でなければならない。

と語られました。

女史が学生にショパンマズルカを勉強する際に留意する点として話すのは、

  • まず、モーツァルトのように、古典的に美しい音で楽譜に描かれたリズムやアーティキュレーションを守って弾くこと。
  • 民族舞曲としての違いをわかって弾くこと。
  • ペダルは、3拍目にかからないように。女史は2拍目までで外して3拍目で改めて踏むというのが好きだとの事。
  • リピート後、また何度も繰り返されるフレーズをどう変えて弾くかについて、単にディナーミクを変えるだけでなく、情感そのものを変えて即興的に生まれるような表現になるように。

との事でした。

この後、Op.6、24、59の各曲の特徴を実演を交えてレクチャーされました(割愛)。

エヴァ・ポブウォッカ女史によるショパンマズルカ演奏

これらのレクチャーの後、短いパウゼに続いて、女史はショパンマズルカOp.6、24、59を演奏されました。

美しい響き、控えめながら繊細にして多彩、そして雄弁な音楽はレクチャーの内容が体現された素晴らしいものでした。

そして、モニターに映し出された手の動きの美しさにも見とれました。ふっくらと柔らかな手指が全く無駄のない必要最小限の動きで鍵盤に触れる様の美しい事!

また、ペダルの使い方も興味深く、上記のように3拍目がノンペダルだったり踏み直されたりする効果も実際に聴くことができました。

さらに、あえて、長いペダルを使うことで響きを重ね、残像のような効果が実現され、なるほどノスタルジックってこういう事か・・・ととても印象的でした。日本国内のコンクールなどだと、ペダルが少しでも濁るとすかさず講評で指摘される事が多いので、ちょっと考えさせられました。

女史によるマズルカOp.6からOp.63までは、こちらで聴くことができます。

女史のレクチャーはとても興味深く、演奏も本当に素晴らしく大満足でした。

しかし、その一方でむくむくと膨らんだ疑問があります、それはショパンコンクールで予選を通過していく人たちの演奏は、果たして、女史が”ショパン本人の演奏”として語ったような繊細で謙虚で自然なものだろうか・・・という素朴なものです。

日曜日だったこともあって、会場には音大生や若いピアニストと思しき方々も沢山いました。彼らは、女史の話と演奏をどういう想いで聞いていたのだろう、きっと日頃のレッスンで言われることと相容れないことが多かっただろうと推察します。

コンクールのない時代に戻れない現代、ショパンだけでなく、ピアノ演奏はどこへ向かおうとしているのだろうと、あらためて考えてしまいました。

それは、女史も同じ、いや事情ははるかに複雑な事でしょう。その中で、このように美しい演奏を披露する、その姿勢に心から敬意を表したいと思います。。。

データ|エヴァ・ポブウォツカ ショパンマズルカ特別レクチャー

エヴァ・ポブウォツカ ショパンマズルカ特別レクチャー
~フレデリク・ショパン初期から中期・後期マズルカに至る形式の変遷

演奏・レクチャー/エヴァ・ポブウォツカ(第19回ショパン国際ピアノコンクール審査員)
通訳/小早川朗子(桜美林大学教授)
2025年3月9日(日) 12:30 開場 13:00 開始
会場:カワイ表参道 コンサートサロン「パウゼ」





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