マズルカはポーランド人にしか弾けない?|ショパンコンクール2021セミファイナル

個人的にコンクールはセミファイナルが最も好きです。

ここを通過すればファイナルのコンチェルトなので、最後のソロということで本領発揮の演奏が沢山聴けるからです。

ショパンコンクール2021のセミファイナルは、”マズルカ”と”ソナタ2番か3番かプレリュードOP.28全曲からひとつ”が必須という興味深いプログラム。

では雑感です。

この記事を書いた人
伊奈葉子 / Yoko Ina
音楽と自然と読書とお茶時間をこよなく愛するピアノ弾き ⇒プロフィール

マズルカはポーランド人にしか弾けないのか?

ショパンは好きだけれど、マズルカは弾いたことがないという人(日本人)はとても多いです。弾きたくても弾けない、手を出せないのは、

マズルカはポーランド人にしか弾けない・・・

という呪いのようなフレーズのせいですよね。

参加者の演奏を聴いていると、ポーランド人にしか弾けないとは思わないけれど、ポーランド人のマズルカはやっぱりいいな~と思います。水を得た魚のように活き活きと聴こえる・・・というのは素朴に感じます。

ポーランド語とマズルカ

ポーランド人のマズルカが魅力的なのは、やはりポーランド語との関係だと思います。

どんな民謡も歌うもの、つまり歌詞があるのですから、その国の言語と切り離しては存在し得ません。私はポーランド語はほとんどわかりませんが、ショパンコンクールのアナウンスを聴いているだけでも、イントネーション・アクセント・子音の特徴などが聴きとれます。そういうものとショパンのマズルカのリズムはリンクして聴こえてきます。

たとえば、”タタラララ”または”ラララタタ”のように八分音符と三連符が並ぶメロディーが沢山ありますが、そもそもポーランド語がそういうリズムが沢山ある言語のようです。あと2拍目や3拍目のアクセントもポーランド語自体がもともと単語の一音節目ではなく二音節目以降アクセントがあるのは珍しくないというのも、踊りのリズムにくわえて特徴だと思います。

だから、メロディーがどうの、拍子がどうの、リズムがどうの・・・だけを考えるより、ポーランド語のリズムをもっと活かせばいいのではないかと想像します(言うは易く行うは難しでしょうが)。

踊りを見る・知るのも大切で、大きなアクセントでも”男性が女性をリフトする”のか、ただの手拍子なのか、それとも・・・というのを想像して弾くのは必須だと思います。

〈ジャル〉というポーランド特有の感情

ポーランド人特有の感情として〈ジャル(zal)〉というのがあります。

〈ジャル〉を日本語で”恨み”とか訳したりルビを振ったりしているのを見かけますが、私は〈ジャル〉と”恨み”は全く違うと思うんですよね。

なぜなら、そもそもクリスチャンに”恨み”という概念はありません。なぜ”恨み”としているかというと”憎しみ”ではないからだと想像しています。というのも”汝の敵を愛せ”という教えに従うべきクリスチャンにとって、”憎しみ”という感情は許されないものだからです。(耐え難い不条理に)憎むことさえ許されず打ち砕かれた魂は闇の中になす術なくただ沈黙する、とか誰を責めるわけにもいかないやりきれない悲しみ・・・そういう内面が〈ジャル〉ではないかと想像しています。

ポーランドの歴史を考えれば、こういう感情〈ジャル〉はさもありなんと思いますし、ショパンの作品も〈ジャル〉抜きでは語れないと思います。特にマズルカはショパンの素顔が表れている分、〈ジャル〉が表現されている作品が多いと思っています。個人的にはOp.56-3はそのものズバリだと思っています。

セミファイナルお気に入り備忘録

まだ夜の部がありますが、現時点でのセミファイナルの個人的お気に入り備忘録です。

Szymon Nehring

Szymon Nehringは前回のファイナリスト。1次、2次は緊張凄まじくて、こちらまでドキドキしてくるので聴いていられませんでしたが、ようやく彼らしい演奏を聴くことができました。

Kamil Pacholec

Kamil Pacholecの1次と2次は記憶にありませんが、セミファイナルは素晴らしかったです。特にマズルカOp.30はポーランド人だからという以上に感銘を受けました。

Piotr Alexewicz

Piotr Alexewiczは1次から注目していますが、ステージが進む毎にパワーアップしていますね。手に入ったマズルカOp.24、圧巻のプレリュードOp.28。まだまだ余裕があってファイナルが楽しみです。

Martin Garcia Garcia

Martin Garcia Garciaはとにかく聴いていてこんなに幸せになれる演奏も稀有だと思います。

心は大空!みたいにプレリュードOp.28から17、19、23。ロ短調ソナタが”今日は外は雨だから家で飲んで楽しもうぜ”みたいに大らかで明るくてびっくり!明るいんだけど軽薄ではないんですよね。

そして、マズルカ!Op.50-2ってこんないい曲だったっけ?なんか愛の告白みたいに聴こえました。中間部なんか、”朝日降り注ぐダイニングで黄色のお皿で朝食、夜はキャンドル灯してワイン・・・・一緒に人生楽しもうぜ!”ってふたりの生活を語っているみたい。続くOp.50-3は”健やかなる時に病める時も神が2人を分かつまで愛します・・・”みたいで、もうガルシアさん素敵過ぎます。。。

ガルシアさんを聴いているとポジティブとか楽しむってこういうことなんだなと思う。日本ではオリンピックにしろコンクールにしろ「楽しみたい」と言いながら往々にして悲壮感が漂っているけれど、enjoyって喜び(joy)の中(en=in)にいることなんだよね。

長調のプレリュードで始まって、長調のワルツで終わる、ソナタはドラマだし主要事項には違いないが世界も、人生も、もっと小さな楽しみや喜びに満ちている・・・ガルシアさんの人生観でもあるのでしょうが大いに共感します。もう世界の中心で”ガルシアさん、好きだ~!!!”と叫びたい気分になったのは、そういう演奏だってこと。

演奏中に身体が大きく動いたり顔芸するのは好きじゃないんだけど、ガルシアさんだけは何をしても許せます。”あばたもえくぼ”ってこういうことですね。

 

Nikolay Khozyainov

Nikolay Khozyainovは前々回からの大ファンで、予備予選の時には”もう彼が優勝でいいんだけど・・・”と思いましたけれど、その想いは今も変わっていません。

何というか・・・物凄く深く研究して、思索して、「自分はショパンをこう考える!」という強い信念に引きこまれます。ソナタ3番のフィナーレは、マグマが噴火したような物凄いエネルギーを内面性を失わずに実現して圧倒されました・・・という言葉が陳腐で嫌なんだけど、他に書きようがない。言葉がないとはこの事。。。

結果に影響されたくないのでここまで雑感と備忘録です。

 

ともあれ、参加者の皆さま、素晴らしいショパンを本当にありがとうございます!

追記

ファイナリスト発表前夜、翌朝目覚めた時にPiotr Alexewicz、Martin Garcia Garcia、Nikolay Khozyainovの名前がなくても驚かないと決めて寝ました。結果は審査員が決めること、私は彼らに感謝するだけ・・・

それでも、やはり驚きました。

知性と理性でコンクールってこんなものと納得していても、感情は納得しません。

夜のクラシック音楽館「ショパンコンクールのレジェンドたち」を観て感じたのは、これまでも優勝者はみんな個性的を超えてぶっ飛んでいるというこっと。ダン・タイ・ソンなんか逝っちゃっている感じです。私(私達)はブレハッチのイメージが強烈過ぎるのかもしれないけれど、だとしたら彼もまたぶっ飛んでいると言えるかもしれません。まさに花に隠された大砲ですね。

それまで誰も聴いたことがないショパンといえばガルシアもそうだと思いますが、ポゴレリッチはこのコンクールに向かないと落とされガルシアがファイナルまで残ったのはポゴレリッチには危険な香りがするけれどガルシアは友好的で害がない感じがするからでしょうか?

だとしたら、愛されるって得、人徳ですね。

そんなこんなで明暗が分かれるコンクールですが、ともあれショパンコンクールのおかげでAlexewiczに出会うことができたのですからやっぱりコンクールは楽しいです。。。

日本人初の優勝者誕生かと盛り上がるファイナルを楽しみましょう!

 

 

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