ファツィオリというピアノがあります。
1981年創業イタリアの《ファツィオリ》は、瞬く間に世界の一流ピアニストたちを魅了し、愛されるようになったピアノ界の風雲児。
私がこよなく愛するヴァディム・ホロデンコもファツィオリを愛するひとりです。
彼の来日公演について綴った記事がファツィオリジャパンの方のお目に留まり、幸運にも試弾させていただく機会に恵まれました。
夢のような、不思議な魅力あふれるピアノです。
子供の頃に習った練習方法やピアノのタッチ、そして演奏そのものについての概念をことごとくひっくり返すファツィオリはまさにピアノ革命。
思いもよらない素晴らしい世界の扉を開いてくれるファツィオリについての私の印象です。
ファツィオリに必要なのは”強い指”ではなく”繊細な感覚”
ファツィオリジャパン・ショールームには、最もコンパクトなF156、ヤマハのG3とほぼ同じサイズのF183、セミコンサイズのF212とF228、フルコンのF278とさらに大きいF308など10台近く並んでいます。
「小さいピアノから順番に弾くのが良いでしょう」というアレック・ワイル社長のお言葉に従い、弾いていきました。
・・・どのピアノにも共通しているのは驚くほどのタッチの軽さです。
単に軽いというより、とても柔らかく、指がすっと鍵盤に入り溶けて一体になる感じさえあります。触れるだけで音が鳴る印象。
子供の頃に習った「指を立てて鍵盤の底までしっかり押さえて!」などという弾き方は全く不似合。
「腕の重みを乗せて・・・」というのもはばかられる軽さ。
ファツィオリが求めるのは、強い指や体重をかけてfやffを鳴らす奏法ではなく、その軽く柔らかなアクションを自在にコントロールする繊細な感覚です。
そもそも、創始者パオロ・ファツィオリ氏の「ピアニストがピアノと格闘しているところを見たくない」という考えから生まれたファツィオリは、頑張ることとは完全に無縁なピアノです。
ファツィオリが目指す響きはベル・カント、すなわち歌うピアノ
タッチの軽さとともに驚くのが、その伸びやかな響きです。
明るくクリアで、どこまでも伸びていきます。たとえば、J.S.バッハのフーガの長い音もペダルに頼らなくても何の苦もなくしっかり響きます。
ファツィオリ本社のHPのミッション&ヴィジョンのページにはこうあります。
excluding any imitation process and pursuing the idea of a FAZIOLI sound inspired by the Italian “Bel Canto”
ベル・カントなピアノ、それがファツィオリなのですね。
何を弾いてもコーラスやオーケストラのように各声部がクリアに聴こえます。
しかも、
声部を弾き分けようとか、
テーマを出そうとか、
内声をどうしようとか、
バスを強調しようとか・・・
頑張らなくても、自然に鍵盤に触れるだけで鳴ります。
軽く柔らかいタッチに、豊かな響き・・・
自ずと力が抜け、心地よく弾ける幸せに包まれます。
ピアニストに優しいピアノです。
ファツィオリがもっと普及してスタンダードになれば、ピアノ弾きの故障は激減するだろうと思いました。
格闘を許さないファツィオリが本当に目指すところ
創業者パオロ・ファツィオリ氏は、1969年にローマ大学で工学学士の学位を取得、その後ロッシーニ音楽院でピアニストとしての学位を取得し、さらにローマ音楽院で作曲の修士学位を取得しています。
技術者でありピアニスト・音楽家であるファツィオリ氏自身の理想
「ピアニストがピアノと格闘するのではなく、演奏者がピアノと一体化できる楽器」
として創られたファツィオリは、そもそも「頑張る」ことを拒絶しています。
鍵盤が重い、あるいは、タッチが硬く重いから、”指を強くする”トレーニングが必要になります。強い指でしっかり鳴らさなければならないという思い込みがピアノを弾く時の緊張をさらに高め、挑むようにピアノに向かうことになります。
「鳴らさなければならない、頑張って弾かなければならない・・・」
です。
しかし、
鍵盤は重い必要があるのか?
タッチが硬い必要があるのか?
そもそも前提を疑ってみるなら、状況は全く違う様相を呈します。
タッチが軽く、柔らかならば頑張る必要はありません。
指を強くするトレーニングではなく、
より音楽的な響きを生み出し、
豊かな音楽を奏でるための練習に集中できます。
このことは、単にピアニストにとって優しい楽器である以上に重要な問題を突きつけます。
すなわち、
演奏とは何か?
ピアノを弾くというのはどういうことなのか?
ピアノは1人で演奏するソロのレパートリーが膨大にあります。
リスト『ラ・カンパネラ』、ショパン『英雄ポロネーズ』のような超有名人気曲をはじめ、とにかく音が多いです。ともすればその膨大な音を処理することに大忙しで、だからピアノと格闘してしまう・・・というのが現実です。
ファツィオリの《弾きやすさ》の目的は、”指を強くするトレーニング”に勤しむ時間をもっと《音楽》そのものに向けて美しい《音楽》を奏でて欲しいという願いだと感じます。
真にピアノと音楽を愛し、聴衆と音楽を共有する時間を大切にするピアニストに弾いて欲しいということでしょう。
これは、指のトレーニングは必要ないということではありません。単に強い指を作るトレーニングではなく、より豊かな音楽を奏でるためのテクニックを身に着けて磨こうということです。実際、とても敏感に反応するファツィオリの性能を存分に活かして演奏するのは決してやさしいことではありません。
ファツィオリ氏の「ピアニストがピアノと格闘するところを見たくない」というのは、つまり、「ピアノと格闘したい人はファツィオリではなく他のピアノをどうぞ!」というメッセージだと、私は感じました。
音楽とは何か、ピアノの演奏とは何か・・・
スタインウェイの独占状態が長く続いたピアノ界に、ファツィオリは一石を投じました。
柔よく剛を制す・・・
ファツィオリの軽く柔らかいタッチ、美しい響きはピアノ界の革命の始まり。
ピアノも演奏も、もっと進化し、素晴らしくなっていくことでしょう。。。
ピアノ史の大事件に立ち会っている気分ですが・・・
私は、ファツィオリが大好きです。。。
もうファツィオリしか弾きたくないくらい惚れました。
ファツィオリに大いにインスピレーションを受け練習方法・勉強方法改革中、ファツィオリを弾く機会によりエンジョイできるようにピアノ熱上昇中のこの頃です。
この上ない素晴らしい機会を与えてくださったファツィオリジャパンの皆さま、本当にありがとうございました。
ファツィオリジャパンHP:http://www.fazioli.co.jp/
Fazioli pianoforuti公式HP:http://www.fazioli.com/
ファツィオリを試弾させていただくきっかけになったヴァディム・ホロデンコの記事たち