歌と踊りで感情を表現するのは人間の本能・・・
日本にも沢山の民謡や踊りがあり、日本人だって歌も踊りも本能としてあるはずですが、なぜか楽器演奏、特にピアノとなると忘れ去られる傾向にあります。
音楽って感じて、考えて、そして、感じたままに弾く・・・
そんなことを思い出させてくれたアンドレイ・バラーノフ ヴァイオリン・リサイタルでした。
アンドレイ・バラーノフとマリア・バラノヴァ兄妹
今回の来日リサイタルは、バラーノフと実妹マリアの兄妹デュオでした。
自信と風格を身につけたバラーノフ
ヴァイオリンのバラーノフは、仙台国際音楽コンクールに2度参加しています。2007年は4位、2010年は2位でした。
当時から美しい響きと豊かな音楽性が高く評価されていて、2011年のチャイコフスキー国際音楽コンクールのセミファイナルでは優勝じゃないかと思われていましたが、なぜかファイナルに進めず・・・
配信を聴きながら、「大人の事情」を感じさせる悲劇に心を痛めたのを思い出します。(ちなみにこの時のヴァイオリン部門は優勝者なし)。
翌2012年エリザベート王妃国際音楽コンクールに参加した時には、ひと回りもふた回りも成長し、圧倒的に素晴らしい演奏で文句なしの優勝、世界へと活躍の場を広げることになりました。
もともとテディベアを彷彿させる丸く大柄で愛嬌ある風貌に、以前にはなかった自信が感じられ、風格さえ漂っていました。
う~ん、バラーノフくん成長したね~。
貫禄たっぷりに兄をサポートするマリア
ふたつ歳下だという妹マリアは、ロシア人女性らしいたっぷりの貫禄!
アンドレイは妹マリアに時に尻を叩かれ、ある時は尻に敷かれているかなと思ったりしました。
バラーノフ自身、こう語っています。
どんな時も、自分についてきてくれると確信を持てるので、私をとても自由にさせてくれます。特に、今回のように高い技量を要求する曲が多いプログラムには、彼女の存在は必要不可欠ですね。『ぶらあぼ』10月号より
この言葉通りの、素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれました。
『悪魔のトリル』は表現の必然としての超絶技巧
さて、1曲目はタルティーニ『悪魔のトリル』
超絶技巧で知られるこの作品でリサイタルを始めるとは、自信のほどがうかがわれるというもの。
冒頭のテーマ、弓を大きく速く使い、明るく軽い響きでイタリアらしさ演出。
物凄い技巧を、その難しさを感じさせず、溢れる音たちは表現の必然なんだよと納得させてくれる素晴らしい演奏でした。
万華鏡のようなめくるめく世界がそこに浮かび上がってきました。
もともとバラーノフには技巧派の印象は全くありませんでしたが、この曲で超絶技巧を感じさせないというのは凄いことです。
・・・ちなみに、バラーノフは肩当てなしで演奏していました。
「恋に落ちてみようよ」なチャイコフスキー
ヴァイオリンの国イタリアに続いて、彼の自国の代表的作曲家チャイコフスキーの『懐かしい土地の思い出 Op.42』と『ワルツ・スケルツォ Op.34』
美しく、深く落ち着いた響きで、イタリアとロシアの対比を印象づけられました。
『懐かしい思い出』の第3曲を聴いていて感じたのは・・・
このふたりは音楽以外に心を奪われたことなどないのだろうな~ということ。
チャイコフスキーは情の深い人だったんですよね。
倫理的にいけないとわかっていても、抗えない感情、すなわち、日本的に言うなら「深い情」。その、溺れるような、どーしよーとない感じは今の2人にはわからないのだろうか~と思いました。
バラーノフは、音楽一家に生まれ、生まれる前からプロのヴァイオリンになることが決まっていたとか・・・
演奏している2人を見ていると、もう物心ついた時から2人でいつも一緒に演奏してきた歴史が見えるようなのです。
だから、息の合った素晴らしいアンサンブルが実現しているのですが、一方で、2人とも一度別のパートナーと恋に落ちてみたらおもしろくなるだろうな〜と、勝手な想像を働かせてしまいました。
あっ、でも、もちろん美しく素晴らしい演奏でしたよ。
音楽は頭で考えて弾くものではないと思ったパガニーニ
前半最後のパガニーニ『ラ・カンパネラ』を聴いて、つくづく思いました。
音楽というは、「こう弾こう、ああ弾こうと頭で考えて弾くものではない、と・・・
感じて、考えたら、もう一度、何もかも忘れて感じるままに演奏する。
それでこそ生きた演奏なのですね。
デュオの醍醐味を味わったシューマンのソナタ
後半は、息のあった兄妹デュオ全開の世界!
個人的にはシューマンのヴァイオリンソナタ第1番が1番印象に残りましたね。
こういう陰影のある深い曲がバラーノフには合っていると思うのと、やはり兄妹ということでアンサンブルが素晴らしい。
シューマンの複雑な感情に、心が揺さぶられ、何とも言えない快感を味わいました。
そうそう、バラーノフの譜面台にはiPadの楽譜が置かれ、床の10㎝四方ほどのプレートをタッチで譜めくりしてました。
音楽は歌と踊りだと思った『詩曲』と『ツィガーヌ』
続いて暗譜で演奏されたショーソン『詩曲』とラヴェル『ツィガーヌ』は、完全にバラーノフ&バラノヴァ兄妹の世界に浸った心地よい時間でした。
聴きながらつくづく感じたのは、
歌と踊りが音楽だということ。
どちらか一方じゃないんですよね。
歌と踊りはセットとして人間の表現の本能なんだな~と。
アンコールは、シューベルト『アヴェ・マリア』とパガニーニ=シューマン 24のカプリース第24番でした。
普段、基本的にユダヤ系のヴァイオリンが好きな私ですが、バラーノフは別。
音楽への献身とヴァイオリニストとしての使命感・・・
そんなバラーノフとマリアの音楽をこれからも楽しみにしています。
プログラム|アンドレイ・バラーノフ ヴァイオリン・リサイタル
アンドレイ・バラーノフ ヴァイオリン・リサイタル
Pf:マリア:バラーノフ
☆プログラム
タルティーニ:ヴァイオリン・ソナタ ト短調 「悪魔のトリル」
チャイコフスキー:懐かしい土地の思い出 Op.42
チャイコフスキー:ワルツ・スケルツォ Op.34
パガニーニ:ラ・カンパネラ
<休憩>
シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ短調 Op.105
ショーソン:詩曲 Op.25
ラヴェル:ツィガーヌ
【アンコール】
シューベルト 『アヴェ・マリア』
パガニーニ 24のカプリースより第24番(シューマン編曲)
2017年11月16日(木)19時開演
武蔵野市民文化会館小ホール