ピアノの演奏は、日々のたゆまぬ練習の賜物です。
とは言え、できるだけ短い時間で楽に弾ける方がいいに決まっています。
だって、世界には素晴らしいものが沢山ありますし、ピアノを弾くならピアノ曲以外の音楽に広く触れることが大切ですし、日本人である私たちはそもそもヨーロッパ文化への理解を深める必要があるからです。
要するに時間は上手に使わなければなりません。
そのためにも、効率的な練習は最重要課題ですし、楽に弾けるというのはより”音楽”に集中できるという演奏本来の姿からも追求すべき課題です。
スポーツ科学の発達が、アスリートの健康や効率的な練習と競技レベルのアップ⇒オリンピックのメダル獲得に貢献しているように、音楽家も科学の恩恵をもっと受けていいはず・・・
その分野の第一人者古屋晋一先生のワークショップが開催されるというので、2018ピティナ・ピアノコンペティションJr.G級のためのマスタークラスを聴講しました。
ピティナ・コンペティションJr.G級マスタークラスとは
簡単にピティナ・コンペティションJr.G級マスタークラスについてご説明しましょう。
PTNAコンペティションは、幼稚園から音大生・院生、社会人まであらゆる世代のピアノ弾きのために毎年夏に開催される国内最大のピアノコンクールです。
年齢やキャリアにより様々なクラスが用意されており、このJr.G級の参加資格は、高校1年生以下または15歳以下(2002.4.2以降に出生した方)。事前の書類選考と4月の予選を通過した15名が全国決勝大会で演奏する、優秀なローティーンのためのプロ志向のクラスということになっています。
Jr.G級マスタークラスは、8月の全国大会に向けての研鑽のための機会として、毎回海外から著名な教授を招いて開催されます。
今年2018年は、ウィーン音楽大学教授ヤン・イラチェク先生と音楽家の脳と身体について研究している古屋晋一先生が招かれました(PTNAのページより)
不要な力は入れない、無駄な動きはやめる
(私のスケジュールの都合で)ひとクラスしか聴講する時間がなかったので、ピアノ弾き必携の『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』の著者古屋晋一先生のワークショップを聴講しました。
5人の受講生たちが1人30分ずつ、用意してきた曲について「弾きにくいところ」を古屋先生の前で披露し、どうしたら楽に弾けるのか、どう練習したらいいのかをアドバイスを受け、試してみるという形式で進みました。
たとえば・・・
- オクターブが弾きにくいのは、鍵盤に触れない指(たとえば中指)が不要に高く持ちあがっているため。⇒持ち上げるためには力がいるので疲れてしまう。
- 和音の連打は、肘を支点に動かす⇒手首からの動きではしんどいし、肩からの動きは大きすぎて不適。
- 右手454や354のトリルが弾きにくいのは、親指に不要の力が入っているため。
など、実際に鍵盤にタッチする指以外の指は”さぼる(休む)”ように、なぜなら、無駄に力が入っていると他の指の動きを邪魔するし、何より”疲れてしまう(関西弁で”しんどい”)からと繰り返されました。
姿勢については、
座り方として、座骨の上に上体が乗るように。
とか、
頭が前に出過ぎたり、頭の上下運動をする受講生には不要なのでやめましょう。
とアドバイスがありました。
アドバイスに従うと、弾きやすくなったと反応する受講生が多かったので、ただただ無我夢中で一生懸命弾くだけでなく、洗練された動きの重要性を実感したことと思います。
なぜ余分な力が入り無駄な動きをしてしまうのか|基本の大切さ
一期一会の限られた時間で本質的な問題にまで踏み込むのは難しいのはわかっていますが、しかし、聴講していて素朴に感じたことを書き留めておきます。
弾かない指に、不要に力が入らない方がいいに決まっているのはみんな”頭では”わかっているのです。
猫背になって頭が前に出たり、下に動いたりしない方がいいに決まっていることはみんな”頭では”わかっています。
でも、実際に演奏すると、
指が不必要に上がってしまったり、
鍵盤に頭を突っ込むような姿勢になったり、
音楽の流れと関係のなく身体がくねくねしたり・・・
ということが起こってしまいます。
その部分だけ取り出して、ゆっくり練習すれば、多くの人は上手くできます。
しかし、全体を通して演奏する時、それも、より熱くなるほど、音楽と無関係な動きが増えます。
なぜでしょう。
この日のワークショップで受講生の演奏を見聞きして感じたのは、
基本が身に付いていない。
そして、
彼らにとって難しすぎる曲を弾こうとしている。
という2点です。
ピアノ演奏の基本とは
ある作品を演奏する際に前提が3つあります。
- ピアノを演奏するフォーム
- タッチの本質
- 音楽そのものへの理解
この3つは、互いに関係していて単独で何とかしようとしても上手くいきません。
フォームがまずいのに、タッチだけいいということはあり得ませんし、
そもそも音楽とは何か、どういう演奏を実現したいのかというイメージなしにタッチを語ることはできません。
ピアノ演奏ってとても複雑で高度な全人格的な活動なのです。
ということを頭に置いた上で・・・
まず、フォームですが、古屋先生が座り方についてアドバイスされたということは、みんな座り方が適切でないということです。
野球だってピッチングフォームやバッティングフォームが大切なように、ピアノも鍵盤上で激しく指を動かすのですからフォーム大切です。
タッチの本質とは、そもそもピアノの音はどういうメカニズムで音が鳴るのかを理解することとに始まり、鍵盤を動かして音を出す最も効率的な身体の使い方を自分の方法として体得し、洗練させていくことです。
音楽の理解とは、様式や和声はもちろん、作曲家特有の語法や歴史的背景など深く広がります。そんな単に音楽にとどまらない教養が、他の誰でもない自分の音楽を創り上げ、より感動的な演奏へと発展していく素地になります。
なぜ難しすぎる曲を弾かなければならないのか
この日私が聴講した受講生たちは、そういう基本がないがしろにされたままに、手に余る難しい曲を弾こうとしていました。
だから、
とにかく根性で頑張るしかない
↓
余分な力が入ってしまう
あるいは、
とにかくなりふり構わず弾こうとする
↓
身体がくねくねする、
頭から突っ込むような恰好になってしまう
のです。
コンクールに参加する以上、誰だっていい成績が欲しいです。
どうしたらいい成績がとれるか、手っ取り早く考えたら難しい曲を立派に弾くということに思い至るでしょう。
でも、音楽って何でしょう。
演奏って何でしょう。
根性でピアノと格闘し、頑張れば頑張るほど、音楽そのものは不在になります。
聴衆は音楽を聴きたいのであって、演奏者がピアノと格闘しているのを見たいわけではありません。
そのことをわかる審査員が増えて、
若い才能を大切に育てる指導者が増えて、
音楽そのものを愛する人が増えて、
才能豊かな若いピアニストの、健やかな成長を育む環境がよくなることを願わずにはいられません。
【概要】2018ピティナ・ピアノコンペティションJr.G級のためのマスタークラス
2018ピティナ・ピアノコンペティションJr.G級のためのマスタークラス
【日程】2018年6月16(土)、17(日)
【場所】桐朋学園大学 調布キャンパス
【講師】ヤン・イラチェク・フォン・アルニム先生・古屋晋一先生
【受講生】2018年ピティナ・ピアノコンペティションJr.G級全国決勝大会進出者15名
【HP】https://compe.piano.or.jp/event/jrg/
*8月20(月)第一生命ホールでJr.G級全国決勝大会が開催されます。