第10回浜松国際ピアノコンクールは第3次予選が終了し、ファイナルの協奏曲を遺すだけになりました。
毎日、フレッシュな演奏を沢山聴くことのは本当に楽しく、終わってしまうのは寂しいですね。
コンテスタントのみなさんの熱演を聴いて、真摯に音楽に打ち込むのは本当に尊いことだと思いながら、一方で色々と考えることもあります。
ということで、結果とは関係なく、第2次予選と第3次予選を聴いて私が今感じていることをメモしておこうと思います。
一にも二にもプログラム!賢明な選曲を!
1次予選からセミファイナルまで聴いて、とにかく感じたのが、プログラムの重要性です。
今回の浜コンは、プログラムの自由度が極めて高いだけに、選曲の重要性が浮き彫りになりました。
2018年浜コン第2次&3次予選の課題曲
本題の前に、2018年浜コン第2次と3次予選の課題曲をおさらいしましょう。
第2次予選
下記①、②を演奏する。演奏時間は合計40分以内とし、演奏順は任意とする。
1. 下記の古典派、ロマン派、近・現代作品より、2つ以上の異なる時代区分から、2作品以上(出版されている作品に限る。)を選択し、演奏する。
ただし、第1次予選で演奏する曲は除外する。古典派 : ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン
ロマン派: シューベルト、メンデルスゾーン、ショパン、シューマン、リスト、フランク、ブラームス、サン=サーンス、チャイコフスキー、グリーグ
近・現代: フォーレ、ドビュッシー、スクリャービン、ラフマニノフ、シェーンベルク、ラヴェル、バルトーク、プーランク、メシアン、ヴェーベルン、ベルク、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、武満徹、三善晃、間宮芳生
2. 第10回浜松国際ピアノコンクールのために作曲された日本人作曲家(佐々木冬彦)による新作品(5~7分程度)。
新作品の楽譜はコンクールの3ヶ月前に予備審査を通過した者に送付する。なお、コンクール前にこの新作品を公開演奏することを禁じる。
公式ページより
1次の”しばり”は実質、エチュード1曲でしたが、第2次予選の課題曲はコンクール委嘱作品1曲と言っていい自由度です。
続いて第3次予選の課題曲です。
①と②を演奏する。演奏時間は合計70分以内とし、①②の演奏順は任意とする。なお、第2次予選の結果発表後に、楽譜の提出を求めることがある。
1. 室内楽…下記のa.かb.のいずれか1曲を選択し、事務局が指定する弦楽器奏者と協演する。楽譜はベーレンライター版を使用し、繰り返しは省略する。
〈 モーツァルト 〉
a.ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 K.478
b.ピアノ四重奏曲第2番 変ホ長調 K.493〈 弦楽器奏者 〉
ヴァイオリン: 漆原 啓子、川久保 賜紀
ヴィオラ: 鈴木 康浩、松実 健太
チェロ: 向山 佳絵子、長谷川 陽子2. 自由な選択によるソロリサイタル
※ただし、第1次予選、第2次予選で演奏する曲は除外する。公式ページより
3次予選はモーツァルトのピアノ四重奏曲が課題曲ですね。
モーツァルトには数少ない短調の第1番ト短調を選ぶか、第2番変ホ長調を選ぶか、何となく選んだのか、根拠と確信を持って選んだのか、聴いているとコンテスタントの姿勢が伺われます。
コンクールはプログラム選びに始まる
音楽を奏でるのに、評価なんか関係ない、弾きたい曲を弾く。
というのは、確かにそうかもしれませんが、それなら、コンクールに出てこなくても演奏会でいいわけです。
コンクールに参加するからには、やはり素晴らしいものを披露し、認めてもらいたい、チャンスが欲しいというのが本音でしょう。
聴衆も、また素晴らしい演奏を聴きたいし、素晴らしい若い音楽家に出会いたいと思っています。
だからプログラムは大切なのです。
いいピアニストなのに、あ~、これは残念だ~、どうしてこの曲を選んだのかな~・・・
と思いながら聴くことしばしば・・・
苦しそうな演奏に、もっとあなたの良さを聴かせることのできる曲が他にいくらでもあるでしょう・・・と感じることしばしば・・・
繰り返しますが、コンクールに出るからには本音は優勝したい、願わくばひとつでも先のステージへ進んで弾きたいでしょう。
ならば、もっと選曲は賢明に、熟考しましょう。
最も残念なのは、好きな曲・弾きたい曲を選んだのだろうけれど、必ずしも自分の資質と合っていないケースです。
想いの強さは伝わってくるものの、作品の持っている世界とずれている演奏はホントに複雑な心境で聴きますね。
演奏家の想いと作曲家の想いが乖離してくると、私は、作曲家の方へ肩入れしてしまうので、演奏家には微妙な想いが強くなります。たぶん、審査員もそうでしょう。
もうひとつは適性。声楽家を考えればわかりやすいと思うのですが、『椿姫』のヴィオレッタを歌う人と、『カルメン』を歌う人は全く違う声質です。
ピアノは鍵盤の上を指を走らせればよいとは言え、やはりその人全てが表れます。人は、往々にして自分にないものに憧れますが、持っているものを活かすしかありません。
チャレンジはいいけれどそれも程度問題だと思うケースも散見されました。10年後なら弾けるだろうけれど、10代や20歳前後の”今”はちょっと消化不良だな~という演奏。
ピアノ曲は膨大にあるのですから、今、このコンクールでチャレンジングな選曲しなくてもいいのではないかと感じますね。
勉強の機会は、他にも沢山あるのですから・・・
ファンには、「あばたもえくぼ」だとしても、一流プロピアニストである審査員には「あばたはあばた」としかジャッジしてもらえません。
コンクール委嘱作品は悩ましい
浜コンには、毎回コンクール委嘱作品が課題曲にありますが、これが曲者なんですよね。
今回の課題曲は、佐々木冬彦氏の『SACRIFICE』。
SACRIFICEは犠牲・いけにえという意味。
「SACRIFICE」には4つの意味(キリストの十字架の犠牲、東日本大震災により福島第一原発が首都圏の暮らしの犠牲となったこと、タルコフスキーの映画「SACRIFICE」へのオマージュ、そして作曲家の個人的な想い)が込められているとありました。公式ページより
・・・で、冒頭、いきなり悲痛な叫びで始まりまるこの曲、悲痛な叫びを「表現」するのであって、ピアノが悲鳴を上げるのは違うのではないか?という演奏が少なくありませんでした。
この課題曲は事前審査通過者に、コンクール3か月前に届けられ、コンクール前に演奏を発表してはいけないなど、コンテスタントにとっては悩ましいものです。準備が不十分だと、とりあえず、ジャンジャカ鳴らしてしまえ~!という感じになりやすいでしょう。
この曲をプログラムの最初に演奏したコンテスタントの何人かは、面倒なことは早く済ませて得意なところを思いっきり弾きたい・・・という本音が透けて聴こえてきました。
しかし、聴いている方としては、冒頭の印象は強烈です。
悩ましいですね~。。。
室内楽こそ演奏家の力量が表れる
第3次予選では室内楽が課題曲になっています。
若いピアニストには室内楽の経験が少ない方が多く、何事も経験ですからなかなか難しいものですが・・・
とは言え、残念だな~と感じるのは、こんなケース。
- ソロと同じ”意識”で全ての音を鳴らすと、共演者と調和しない。
- 自分の音を聴いてもらうことしか頭にないと、そもそも音楽として成立しない。
要するに、ひとりで全ての音を奏でるソロと、共演者がいるアンサンブルとでは、色んな事情が変わってきます。
右手でメロディーを弾いて、左手が伴奏音型だったとしても、そこに弦楽器が一緒に鳴っていれば、ひとりで弾く時とは全く事情が違います。そこをよく理解しないで、そして、聴くべきツボを聴かないで一生懸命弾くと、アンサンブルとしての調和が実現されません。
世間では、ソロ向きの演奏家とか、伴奏orアンサンブル向きなどという言われ方をしますが・・・
そもそも音楽とは何か、そこに実現される音楽の理想形のイメージがあれば、ソロもアンサンブルも相応しい演奏ができるはずだと思います。
実際、本当にソロが素晴らしい人はアンサンブルも素晴らしく、アンサンブルが素晴らしい人はソロも素晴らしいという人は沢山います。ただ、どちらに比重を置いて活動するかの違いだけだと考えています。
ひとつ言えるとしたら、ソリストとしての活動に主を置く人はカリスマ性が強く、アンサンブルに主を置く人は、色んな意味で柔軟性に富んでいると言えるかもしれません。。。
色々書きましたが、ここで演奏するのは大変なことです。
コンテスタントのみなさんの熱演には心から敬意を表し、ファイナルに進んだ人もそうでない方も、これからのご活躍をお祈りしています。
素晴らしい演奏をありがとうございました。
データ|第10回浜松国際ピアノコンクール
【開催スケジュール】
第1次予選:2018年11月9~13日
第2次予選:2018年11月15~17日
第3次予選:2018年11月19~20日
本選:2018年11月23日~24日
入賞者披露演奏会:2018年11月25日
*委嘱作品作曲家作品講座:2018年11月18日
*審査委員によるマスタークラス:2018年11月22日
【場所】アクトシティ浜松
【公式HP】http://www.hipic.jp/